なるほど「私なんか」というひと言は、「すっごいできる子」との比較の上で成り立っているわけだ。ある母親がこう言っていた。「東大に入ったのに、理科?類じゃないといって子どもがコンプレックスを持っている」。受験を勝ち抜いていく学歴社会には、つねに自分よりも上を見て、ひそかなコンプレックスを持ちつづける構造があるのかもしれない。「どんなお母さんなの?」と訊くと、この質問に答えるのは得意だったらしく、饒舌に答えてくれた。「母は専業主婦なんですけれど、ふた言目には『女の子も手に職を持って、自分の食い扶持くらいは自分で稼げないと。そのためにしっかり勉強してステップをあがっていかなくちゃね』と、それこそ小学校のころから私や妹に言いつづけていました。四大出の母は、オイルショック後の不況で就職先がほとんどなくて、なんとか縁故でもぐりこんで勤めた会社を一年も経たずにやめて、父と見合い結婚したと聞いています。仕事は全然おもしろくなかったって。母は英文科出ているんですけれど、『もうちょっと仕事につながるような勉強をしておけばよかった』といまだに言っています。でも父と仲が悪いってことはないし、結構楽しそうに生活してる。働かずにのんびり暮らせるんだったら、なんで働かなくちゃなんないのって思う。私から見ると、何が不満なんだろうと不思議です」
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