弔電・お悔やみ電報について

2011-08-26

弔電・お悔やみ電報というのはどうせ形式ばっかりで形的なものだと思っていました。決まり文句のように同じメッセージを送られる。そんな退屈なものならばいっそ送らなければいいのに、とまで思っていたのです。しかしつい先日あった葬儀でその考えをあらためました。参加した葬儀でもちろんお悔やみ電報も読まれました。わたしの嫌う四角い言葉の連続でした。読み上げられた弔電・お悔やみ電報は、形式ばっていてまるで同じ言葉の羅列だったのです。しかしそれでも、だからこそ、感極まって涙が出そうになりました。形式ばっているのは、それが儀礼だからにほかならないのです。

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死者への手向けの言葉は、安易な崩し言葉ではなく最上級の礼儀で持って放たれる。そういうものなのだと知りました。いままで不要だと思っていたそれの必要性は、真に迫らなければこれからもわからないままだったかもしれません。今後も死者をしのぶはなむけの言葉は、人生の最後にふさわしい、そんな重要なものであってほしいと願います。