「建築とは設備である」とはいうものの、その内容の変化は驚くほど早い。しかしながら、単に「設備」というと、やはり抽象的な漠然とした「機械」を連想する。ここで「建築とは機械である」という、忘れることのできない建築の定義を思い出さずにはいかない。これは二〇世紀最大の建築家、コルビジェの言葉である。この「建築とは機械である」という言葉は建築史や建築様式の格好の研究テーマとなり、哲学、論理学、心理学などの用語と手法で切り刻まれ、分析され、多くの論文書籍が発表されている。
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しかし、いずれも難しい解釈である。簡単にいってしまえば、機械はその機能を使うためにある。したがって、建築も使うものである以上、その機能を重視し、そこにあらわれた機能美の追求をしようとするものである。コルビジェが生まれたのは一九世紀の後半である。その頃から二〇世紀の初頭にかけ、一世を風廃したのは情感的な曲線や曲面を多用したアールヌーボーであった。それに対抗したのが、コルビジエの機械を包む柱体(ケース)をイメージした白い豆腐のような建物であった。それまでのアールヌーボーがクネクネしたものであるのに対し、端正で簡潔なデザインが特徴である。不要な曲線や曲面のデザインは機械の機能には不必要であり、これを取り除いた端正な点に「機能美」を見いたした。この「白い豆腐」の建物の下にはピロティが付けられ、また、その上には屋上庭園が造られ、近代建築様式、すなわちモダニズムをかたちづくった。今でもこのタイプの建築物を街中にみることができるが、すでに過去の物になろうとしている。そして今日、到来しているのがポストモダニズムである。しかし、まだ明確に確定した様式ではない。ただ「モダニズムの次だからポストモダニズムだ」と言うだけである。モダニズムが近代的ならば、ポストモダニズムは今日的という意味である。素材の持つ質感を表現するようで、そのためか「建築とは質感である」という言葉を聞いたことがある。さて、建築に関しタラタラといろいろとはなしてきた。