楽しみながら働いている「できる人」よりも、苦しみながらやっている「できる人」のほうが、ここは相手を見る目が厳しくなる傾向が強いようです。自分が楽しんでいれば、「かわいそうだな、あいつら」と少し余裕を持って相手を眺められますが、苦しみながら戦っている人は、たとえそれを自分か望んでしていても、「なぜ、あいつらは涼しい顔をしているんだ」と、怒りを感じやすいからでしょう。このままでは、価値観の違う「できない人」との溝は深まるばかりです。
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相手は苦しんでまで何かをやり遂げようなんて、まったく思ってはいないのですから。そもそも苦しんでいる「できる人」を見て、「あんなふうにはなりたくない」と感じます。パフォーマンス的には「できる人」なのに、モデルになるどころか反面教師になってしまうのです。こうして「できる人」は、「できる部下を育てられない」という新たな苦しみを抱え込むことになります。それでも仕事は苦しいものだという認識があるので、こういう人たちは全力を尽くします。しかし相手との共感を作り出せない以上、徒労に終わってしまう可能性が高いのです。忠誠心が高いことを、批判的に見られるなんて信じられないかもしれません。一昔前ならば、あり得なかったことでしょう。でも今は実際にそれが起きています。自分のエネルギーの源にある忠誠心が、会社に対してクールな相手を引かせてしまうのです。では、クールな人が「できない人」でしょうか。また、ずっと「できない人」であり続けるでしょうか。少なくとも忠誠心がゼロ、もしくは至って低レベルであれば、まともな仕事はできないと思います。しかし「自分にはないクールさ」を感じるからといって、そこで相手を評価すべきではありません。闇雲に相手の価値観を否定することが、「できない人」をつくり、「できない人」からの脱却にブレーキをかけているのかもしれません。