龍馬の柔軟さは、周りにも伝染していたようだ。1866年(慶応2年)の寺田屋事件では、後に龍馬の奥さんになるおりょうが龍馬の危機を察知して裸で風呂から飛び出し、目の前に迫った危険を龍馬に知らせた話はあまりにも有名だ。このときの状況をご紹介しよう。龍馬が定宿にしていた寺田屋でのある夜のこと。寺田屋で働いていたおりょうが風呂に入っていると、コツンコツンと音がする。妙に思って外をのぞくと、大勢の人と灯りが見える(風呂の外から風呂場にいるおりょうの肩先へ槍が突き出され、「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」とおどされたという記述のものもある)。宿の様子を聞き出した男たちは、2階に龍馬がいるのを知ると、宿のなかへ入ってきた。おりょうは、濡れた肌に一枚引っ掛けただけの状態で裏の秘密梯子から駆け上がり、追っ手が近づいていることを龍馬に知らせる。それを聞いた龍馬は、6連発の短銃を握って、ともにいた長州の三吉慎蔵と構えた。階段を上がってきた敵方のなかには、庭灯(当時の懐中電灯。銅、ブリキ、鉄などでつりがね形やおけ形に外側を作り、内部のろうそく立てが自由に回転。ろうそくが常に垂直に保たれるように工夫されている。相手方だけを照らし、自分のほうへは光が差さないようにできている。強盗提灯とも、遮眼灯ともいう)で照らす者もいる。龍馬側にはふたりしかいないのがバレないようにと、おりょうが気を利かし、龍馬の羽織を行灯に肩がけにし、明るいほうを敵側に向けた。その光で、階段を上ってくる敵の槍の穂が篠薄(まだ穂の出ないススキ)のように壁に映し出された。要は、敵にスポットライトを当てることで、龍馬は光の当たった敵の様子がよくわかるうえ、敵からは龍馬側の様子が逆光で見えづらくなる。さらに、敵の武器の影を壁に映し出す影絵効果で、隠れた敵の動きがわかりやすくなると同時に、その影が逆に敵側に龍馬の味方が大勢いるように錯覚させたのだ。この時代にあって、照明の高等演出といえる。結果は、龍馬はケガをしたが、途中で逃げおおせた。逃げる途中、おりょうが振り返ると、町は高張提灯(長い竿の先につけて掲げるようにした、大形の提灯)でいっぱいだった。一説には、100人の追っ手がいたという。ちなみに、この寺田屋事件で左腕を負傷した龍馬は、以降、写真撮影などでは左手を隠していることが多くなった。それでも、おりょうの機転で、貴重な命が救われたのだった。