私は高校三年の秋まで、本気でパイロットを目指していた。ところが、航空大学を受験する直前になって、母親に泣いて反対された。母は、戦争中の忌まわしい記憶から、息子がパイロットになったら、次の戦争で最初に徴兵されて生命を失うのではないかと心配したのである。そこで、私の人生は大きく変わった。たまたま浪人覚悟で受けた医学部に受かり、現在に至っているのである。今となっては、医者という仕事は天から与えられた仕事だと思っている。この時代に医者になったのも何かの縁。日本人が将来に夢を持てるような国作りを目指して医療制度の改革を訴えていくこと、それが私が生を受けた最大の意味かもしれないと考えている。私は医者なので、いつも死と向き合って生きている。自分自身もいつか死ぬことを覚悟して生きているが、この活動にかけて死ぬなら本望だ。今後も「闘う医療界のスポークスマン」として絶対にあきらめず、頑張っていくつもりである。