そんなある日のこと、某個別指導塾に勤める室長からの言葉に私は大きなショックを受けました。「彼女、6月末でやめるって言ってきたんだ」(私のせいだ)(これからどんな顔で接すればいいんだろう・・・)そんな思いが頭のなかを駆け巡りました。悩んだ末、私は彼女に心から謝ろう!と意を決しました。そして次の授業のとき、彼女に言いました。「何も力になれなくて、本当にごめんなさい。6月末でやめても、何かあったらいつでも頼ってくれていいからね」最後までまっすぐ目を見て話すことはできませんでしたが、とにかく言いたいことだけは伝えました。彼女はただうなすくだけでした。それからは最後までしつかり授業をしよう、と気を引き締め、迎えた6月最後の授業。「先生・・・これ・・・お礼です」彼女が小さな声でそう言いながら、授業の終わりぎわに渡してくれたのは、小さなプレゼントと一通の手紙でした。「あ、ありがとう」私はそう言うのが精いっぱいでした。授業が終わって、彼女を最後に見送ったあと、空いた授業ブースでこっそり手紙を読みました。「そっけない態度をしてしまってごめんなさい。受験生なのにいつまでも先生の優しさに甘えている自分が許せなくなってしまっだので、塾はやめることにしました。いままでありがとうございました」「ありがとうございました」という文字を見たとき、いままで悩んできたことはムダではなかったんだ、と救われる思いがして、あふれる涙をとうとう抑えることができなくなってしまいました。一方で、自分はいままで一体何をしていたんだ、と自分自身が恥ずかしく、ふがいなさで心がいっぱいになりました。「優しさ」は裏を返せば「何とか生徒に気に入られよう」と当たり障りのないことだけを一方的にやっていただけに過ぎなかった、彼女の考えを理解しようとして努力する余地はもっとあったはずなのにしなかった、しようとしなかったのは自分自身に「甘え」があったからだ、とそのとき私は深く反省したのです。私はこの経験以来、「生徒」という立場から□に出せない思いを精いっぱい努力して聞こうとすること、双方向のコミュニケーションをとり生徒と歩調を合わせて勉強を進めること、仕事の責任の重さを感じて「甘え」を捨てること、を心に留めて授業をするようになりました。この個別指導塾講師はもう「相手の立場を理解する」というホスピタリティの基本を身につけたすばらしい講師に成長しています。
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