テレビもない時代のこと、東京から取り寄せるのか、本がたくさんあった。いろんな文学全集をどんどん読んだ人で、思えば、田舎暮らしだからこそ、そういうふうにできたのかもしれない。こういうところで育つたから、むしろゆとりのある暮らしだったともいえる。この町は母の里だ。山口県出身の父の家は医者の一家で、父は大阪で学んでいた。ともかく新しもの好きだった。ある時、部会でアルミニウムの下駄がはやったというので、すぐそれをメールオーダーで取り寄せてはいていたそうだ。母たちは笑っていたが、これははき心地が悪くてすぐにやめたらしい。新しい帽子をかぶったり、洒落た仕立てのいい服を着ていた。どこから来るのか、ロシア人の洋服屋さんが季節ごとに訪ねて来ていた。昔の人は本当にお洒落だった。縁無しのメガネをかけていた。馬に乗って往診の途中に落馬したそうで、以来、自転車を利用していた。そんな父を見ながら、子どもたちは大きくなった。